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ピアニスト 小川典子

評論

 

 

「音楽の友」 2010年4月号 (音楽之友社)
     

ベートーヴェン+(プラス) Vol.2
小川典子 ピアノ・リサイタル

2010年2月6日 ミューザ川崎シンフォニーホール


 小川典子がアドヴァイザーを務めるミューザ川崎で、昨年から始められたのが「ベートーヴェン+(プラス)」である。ベートーヴェンのソナタと委嘱新作を組み合わせるという斬新な試みで、今回が2回目。プログラムはベートーヴェン「ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》」「第26番《告別》」、そして後半は委嘱曲である菅野由弘「《水の粒子》…ピアノと明珍火箸のための」とベートーヴェン「ソナタ第21番《ワルトシュタイン》」。小川のベートーヴェンは、実に説得力に溢れている。振幅や起伏を最小に抑制しながらその歩みは丁寧かつ木目細やかであり、作品の核心に注意深く、しかし一途に迫っていくアプローチはまさにベートーヴェン特有のダイナミズムを構築する。堅牢な構成観、絶妙な色彩で移ろう和声、自然極まりないフレージング、端正な佇まい、そしてあくまで真摯な作品への対峙は生命力に漲った躍動を湧き起こらせ、聴く者の心を根底から揺さぶる。ベートーヴェンが綿密に創造した情熱は、小川の類稀な感性によって、より濃密に、より高見へと収斂し、四望開豁たる境地へと導かれたと言えるだろう。

真嶋雄大

「2010年1〜2月の演奏会評」 (p.168)

 
 
 

 

藤倉大 ピアノ協奏曲「アンペール」 演奏評 (「尾高賞」選考評より)
     

外山 雄三

(前略)

 ここ数年、必ずと言って良いほど話し合いの最後まで名前が残る、藤倉大さんのふたつの作品が今回も討論の対象になった。《アトム for Orchestra》と《「アンペール」ピアノと管弦楽のための協奏曲》であるが、私は《アトム》を推した。協奏曲は独奏なさったピアニスト、小川典子さんの演奏が素晴らしいと選考にあたった全員の意見が一致した。

(後略)

 

■尾高 忠明

(前略)

 私の中では藤倉さんの2作品が心惹かれた。《「アンペール」ピアノと管弦楽のための協奏曲》では何より、小川典子さんの素晴らしい演奏に唖然とした。ロンドンで世界初演した約2週間後とのことだが、すでに十八番だとと言わんばかりのすごさだ。

(後略)

 

「N響機関誌 フィルハーモニー2010年4月号」より一部転載

 

 
藤倉大 ピアノ協奏曲「アンペール」 世界初演 演奏会評
     

フィルハーモニア管弦楽団
マーティン・ブラビンス(指揮)
小川典子(ピアノ)

会場: クイーン・エリザベス・ホール (ロンドン)
公演日: 2009年2月3日(火)


タイムズ紙 2009年2月5日(木)

藤倉に2月3日の演奏会メインであるストラヴィンスキー「ペトルーシュカ」への恩義があるとしても、彼は決して認めはしないだろう。ドーランにまみれた愛と死の人形劇に対し、藤倉は「アンペール」について、「音の情報供給」や「作曲システム」について語っている。恐るべし、パリIRCAMの教え。
いや、恐れるなかれ。この「アンペール」もまた、腕白人形劇さながらだ。人形を操るのは、大胆不敵に挑むピアノの小川典子。25分に渡って繰り広げられる激しい音のぶつかりあいは、オーケストラの卓越した演奏に追い立てられ、不思議な魔力に満ちる。大雪の影響で練習時間が限られたなか、無慈悲なほど難しい楽譜に取り組み、本番に臨んだフィルハーモニアには頭が下がる。叩いたり、こすったりの奏法も、一見、即興に見えるが、これも緻密なアンサンブルあってこそ。マーティン・ブラビンスの明快なる指揮の下、演奏は自信に満ちていた。
「アンペール」は、扱いにくいほど鋭い輪郭を持った曲であり、心に響く、と言うよりは、むしろ神経を興奮させる要素を持っている。それはまさしく、藤倉が意図するところなのであろう。小川典子の休むことのない演奏は、恐いもの知らずで、落ち着きのない子供の様子さえ思い起こさせる。オーケストラはこの日、小川にとっておもちゃ箱なのであり、おもちゃに手を差し延べたかと思うと、床に叩きつけたりしてしまう。
そんな暗喩を象徴するかのように、曲の終結部分で、小川は亡霊のようにおもちゃのピアノに座り、ぽろりぽろりとつまびく。それは柔らかなグラスハーモニカの音色と共に、天空にたゆたうようであった。

ニール・フィッシャー

原文 (新聞社ウェブサイト)


ガーディアン紙 2009年2月6日(金)

1977年生まれの藤倉大にとって、この曲は、初の英国メジャーオーケストラからの委嘱作品である。ピアノ協奏曲のジャンルでは、ソリストとオーケストラのアンサンブル、衝突と解決の繰り返しを伝統としている。反して藤倉は、オーケストラとピアノを「巨大なる一台のピアノ」と称した。異色である。このコンセプトは、この曲に関しては、必ずしも大成功とは言えなかったけれど。
「アンペール」のソリストは小川典子。曲の題名(アンペア)は、電気を充電するそれであり、ピアノからオーケストラに電気が伝わる、と言う意味らしい。ピアノの冒頭部分は驚くほどシンプルに始まる。それに対しオーケストラが反応する。飽和する和声、弦楽器の切り裂くような音、金管楽器は断続的に火を吹く。
小川の存在を最も雄弁にしたのは、2度に渡るカデンツァであった。最初のカデンツァは曲の中間部にあり、時折聴こえてくる静かな打楽器との会話がピアノを支える。二度目のカデンツァは、おもちゃのピアノである。輝くようなワイングラス(グラスハーモニカ)の音色と相まって、うっとりするほど静かな終結部であった。

ジョージ・ホール

原文 (新聞社ウェブサイト)


オブザーバー紙 2009年2月8日(日)

2月3日フィルハーモニアによる藤倉大ピアノ協奏曲世界初演の日は、大雪により、リハーサルは最小限、交通機関のダイヤ乱れによる空席もあったが、マーティン・ブラビンスの機敏なタクトさばきにより、演奏は実に完成度が高く、素晴らしい結果を出した。
ソリスト小川典子の演奏は、クリスタルのように透明で精巧。打楽器風の力強い和音から、漂うようなメリスマ(歌)を弾き分け、ピアノを大きく包み込むオーケストラの中で、しっかりと小宇宙を築いていた。
曲の終結部で、良く映えるドレスに身を包んだ小川は、スタインウェイのコンサートグランドを捨て、輝くように赤いおもちゃのピアノに座る。ここで奏されたシュールな音色を聴いたら、おもちゃのピアノ先駆者ジョン・ケージは、さぞかし喜んだことだろう。

フィオナ・マドックス

原文 (新聞社ウェブサイト)

 
 
 

 

「ドビュッシー : ピアノ曲全集 Vol.4」 CD評
     

「傑出した音楽」
  (青澤唯夫氏、音楽現代 2008年4月号)

「全集の中の白眉…必聴の1枚」
  (濱田滋郎氏、レコード芸術 2008年4月号)

「新時代のドビュッシーは好感度抜群」
  (那須田務氏、レコード芸術 2008年4月号)

  ※レコード芸術 特選盤

このCDの詳細情報

 
 
 

 

20周年記念リサイタル 演奏会評
     

「デビュー20周年、充実の音」
  (松平あかね氏、読売新聞 2008年2月26日(火) 夕刊)

「聴き手を元気にさせる不思議な魅力」
  (生田美子氏、音楽現代 2008年4月号)

「意欲と自信の表明」
  (原明美氏、音楽の友 2008年4月号)

「デビュー20周年、節度と品格を保つ」
  (野崎正俊氏、ショパン 2008年4月号)

 
 
 

 

ミネソタ・スター・トリビューン (2007年1月6日)
     
プロコフィエフのピアノ協奏曲3番
オスモ・ヴァンスカ指揮 米ミネソタ管弦楽団
2007年1月4,5,6日、ミネアポリス・オーケストラホール
 

「この夜は、ソロ曲にも驚きがあった。それは、日本人ピアニスト小川典子をソリストに迎えた、プロコフィエフのピアノ協奏曲第三番である。彼女にとって、今回がミネソタ管弦楽団との初共演であった。多くのピアニストがこの協奏曲の冷ややかで厭世的な側面を強調しようとするなか、彼女はまるでこの音楽を壮大なロシア・ロマン派の伝統の中にまっすぐに位置づけるかのごとく、より温かく、より叙情的なアプローチをとっていた。
確かに、この作品の華やかな部分、とくにフィナーレでは、溢れるばかりの勢いやほとばしる情熱も聴かれたが、小川の演奏がいつまでも心にのこったのは、その朗々とした雄大さと自然な優雅さゆえであった。このような音を奏でるこの才能あるピアニストがラフマニノフを演奏すると、どの様な音が生み出されるのだろうかと興味深く思えたのである。」

Michael Anthony

 
 
 

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